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2023-11-27

台湾総統選 小笠原 欣幸@東洋經濟 20231126

台湾総統選、野党連合「ドラマ」終幕から3者競争へ与党のリードは続くか、選挙戦はどう動くか    小笠原 欣幸@東洋經濟 20231126

野党陣営の切り札と見られていた野党候補一本化は成立せず、台湾総統選は三つどもえの争いとなる構図が固まった。(台湾政治研究者・小笠原欣幸氏の連載第10回、前回記事はこちら

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1124日までの立候補登録期間を経て、2024113日に行われる台湾総統選挙の構図が確定した。与党・民進党の頼清徳候補に国民党の侯友宜候補、民衆党の柯文哲候補の野党2氏が挑む。野党は候補の一本化による巻き返しを狙い、土壇場で前代未聞の動きを連発させたが、結局物別れに終わった。この間の「劇的」な動きを振り返りながら、残り1カ月半となった選挙戦の行方を展望したい。

前代未聞の展開となった野党一本化交渉

今年に入って本格化していった選挙戦は与党候補に対し、複数の野党候補が乱立する状態で展開してきた。この構図は与党に有利なので、野党陣営は早い段階から水面下で候補一本化交渉を断続的に続けてきた。しかし、どちらが総統候補、副総統候補になるかという「正副」問題をめぐって折り合いがつかなかった。

基本的にどうしても一本化したいのは国民党側だった。民衆党は単独で選挙戦に挑む腹積もりで国民党が何を提供してくれるのかを見るスタンスだった。民衆党からすれば、国民党の侯氏が「副」に回る一本化であれば喜んで受け入れるが、柯氏が「副」に回る一本化は最初から応じるつもりはなかった。一方の国民党は一本化によって勝利の可能性を高めたいが、総統候補を出さないという選択は受け入れがたい。

というのも、国民党は15人の県市長、38名の立法委員(国会議員)を擁するのに対して、民衆党は県市長わずか2名、立法委員は5名の小政党にすぎない。この政党の力が違うというのが国民党の言い分であった。民衆党は世論調査で支持率が高いのは柯氏で、侯氏を立てても勝てないとまで主張した。

双方ともに野党が分裂したままでは勝てないという認識は同じで、次第に交渉の機運は高まってきた。とはいえ、どちらも「副」に回りたくないという本音も同じであり、10月に表舞台での交渉が始まったがすぐに行き詰まり、10月末時点で交渉は時間切れになったとみられた。

事態が一変したのは1110国民党の馬英九前総統が柯文哲氏に有利とされた「世論調査を使って正副を決める」という提案をした。柯氏は即座に賛同し、馬氏を立会人に国民党の朱立倫主席と侯候補、民衆党の柯候補兼党主席の4者が15日に会談した。

この4者会談後の共同会見はまさに「ドラマ」だった。大きなサプライズで一本化に向けた調整方法など6項目の合意が発表されたのである。しかも、その内容は世論調査で侯氏と柯氏の支持率が統計学上の誤差の範囲内であれば、柯氏が上回っている調査でも侯氏を「勝ち」とする柯氏に非常に不利なものも含まれていた。柯氏が「副」に回ることを受け入れたとも読めるものだった。合意書には柯氏のサインがあった。

崖っ縁だった柯氏のどんでん返し

馬氏が最初に提案した内容は柯氏に有利だったのに、なぜかふたを開けたら柯氏に不利になっていた。そして、数日前まで強気の発言をしていた柯氏はなぜ受け入れたのか。まさに大きな「謎」がある合意だった。何かよほどの事情があったと見るのが合理的な推測であり、誰かが柯氏を追い込むシナリオを作っていたという推測も可能だ

ところがこのドラマはここで終わらなかった。民衆党の幹部や党員らがあきらめず、落ち込んでいる柯氏を励まして、世論調査の支持率の「誤差」をめぐる解釈の違いを利用して合意を強引に反故にした。柯氏も19日に開かれた民衆党の決起集会で「最後まで戦う」と力強く決意を表明。ここで野党陣営一本化は事実上破局した

ただ、柯氏はその後も無所属での立候補を模索していた鴻海精密工業創業者の郭台銘氏と話し合いをしたり、侯氏に再交渉を呼びかけたりと一本化へのポーズを見せていた。そして、立候補登録締め切り日の前日に朱氏、侯氏、馬氏、柯氏、郭氏の5者会談が公開で行われた。

多くの人がテレビやネットで中継を見守る中、それぞれが互いの不信感を激しく示し合っただけで何ら進展もなく5者会談は破局した。翌日、民衆党と国民党はそれぞれ立候補を届け出て野党分裂が確定。郭氏は土壇場で選挙からの撤退を表明し、選挙戦は当初から想定されていた通り頼氏、侯氏、柯氏の3者の争いになることが確定した。

野党陣営で起きた一連のプロセスは、権力・利益をめぐる壮絶な駆け引き、ぶつかり合いとなり、台湾の多くの有権者の関心を引きつけるリアルな政治ドラマとなった。しかし、このドラマもついに幕が下りた。

台湾はアメリカ大統領選と同じように総統・副総統の候補をペアで届け出る。3組の正副ペアの評価を簡単にまとめておきたい。

副総統候補も選挙に微妙な影響を与える

与党・民進党の頼氏と組むのは、駐米代表(大使に相当)を務める蕭美琴氏。最大野党・国民党の侯氏と組むのは、国民党のベテラン政治家でテレビ司会者を務める趙少康氏。第2野党・民衆党の柯氏と組むのは、党所属立法委員(国会議員)の呉欣盈氏である。今回総統候補は3人とも男性だが、副総統候補は国民党を除く2人が女性となった。

過去の事例を見ると副総統候補で選挙戦が決まるということはない。ただ、選挙の流れに微妙な影響を与える。副総統候補の人選は総統候補の弱点を補う、新たな票の開拓を目指す、陣営内の支持を固めるなど異なる意図がある。

民進党:
民進党の蕭美琴氏は米台関係の強化、台湾の国際プレゼンスの上昇など外交面での寄与があり、女性であることと合わせて頼氏を補うプラス効果がある。さらに蕭氏は蔡英文総統が心を許せる盟友で、党内にある蔡英文派と頼清徳派の橋渡しの効果もある。現時点で民進党最強の副総統候補といえる。

国民党:
国民党が趙少康氏を指名したのは党内の支持固めが狙いだ。李登輝時代に活躍した趙氏が若者にアピールするのは難しく、男同士のペアでは女性票の開拓も難しいだろう。しかし、趙氏は「深藍」と呼ばれる中華民国イデオロギーの強い国民党のコア支持者に人気がある。実際、国民党内で「戦闘藍」と呼ばれるタカ派グループを率いている。本省人で国民党本土派の系譜に連なる侯友宜氏は、外省人の系譜に連なる深藍の支持が十分得られずここまで苦労してきた。

過半数を得なければならない11の選挙戦であれば、支持層が限られる趙氏の指名は負け戦につながる。ただ、40%(極端な場合は34%)得票できれば勝てる可能性がある3人の争いの場合は陣営を固めることは鉄則だ。ほかの狙いを捨ててでもそれを趙氏に託したのは国民党の戦略として悪くない。さらに趙氏は論戦に強く、必ずしも弁舌が得意ではない侯氏を補う効果もある。こうした条件を満たす「副」の候補としては前回の総統選で出馬した韓国瑜氏がおそらく最適だが、韓氏は立法委員選挙の比例区1位候補に回ったので、趙氏の出番となったのだろう。国民党は趙氏と韓氏の相乗効果で陣営を固め攻勢に出ることを狙っている。

民衆党:
民衆党の副総統候補の条件として、柯文哲氏は以前から「女性、専門性、経済界」という条件を挙げていた。女性で企業の経営管理の専門家である呉欣盈氏はその条件に合致し、柯氏を補う効果がある。呉氏は台湾の大きな企業グループ「新光集団」を率いる呉東進氏の娘でグループ企業での経験は豊富だ。ただ、民衆党の比例区の立法委員を務めるが、繰り上げで就任したのが昨年なので知名度は高いとはいえない。

 

この数週間、多くの有権者が「野党連合ドラマ」に見入ったこともあり、与党への関心は相対的に薄れた。その結果、頼氏の支持率も民進党の支持率もじりじりと低下。野党2候補の支持率はじわじわと上昇した。野党への関心がピークに達した立候補登録期間中に発表されたウェブメディア「美麗島」による世論調査では3者の支持率がほとんど並ぶという以前とは異なる状況になっている。

「民進党を降ろそう」が拡散した

この理由のひとつには世論調査の特性がある。それぞれの陣営のコア支持者の動向はあまり変化しないが、中間派・浮動票は目先の関心で支持率が変動しやすい。今回の野党連合騒動は、関心度でいえば何年かに一度やってくる「超大型台風」のようなもので、世論調査の数値が大きく振れるのは自然なことだ。

しかし、それだけで理由を片付けるのは不十分だ。もう1つ重要な要因がある。野党の動きへの関心度が高まったことで、野党の「民進党を降ろそう」(民進党政権は「腐敗・非効率」、8年やったのでもう十分、など政権交代を求める訴え)のスローガンが拡散して一部中間派に浸透している。これは与党には警戒を要する要因となる。

「野党連合ドラマ」は不成立に終わり「みっともない」という感想を抱いた人は少なくないだろう。したがって、ドラマの幕が下りて熱気が冷めてくれば与党支持が回帰する可能性は十分ある。しかし、どの程度の回復になるのかはこれからの与野党の攻防にかかっている。8月時のように与党・頼氏が圧倒的なリードに戻るのか、10月時のように頼氏がリードはしているが2位との差が縮まった状態でとどまるのか。支持率がどのように推移するかは総統選挙情勢だけでなく、総統選と同日に行われる立法委員選挙に大きな影響を与える。

ドラマの幕引きとともに野党による政権交代スローガンの浸透力も弱まるのか、それとも残るのか。これを判断するにはドラマの熱気が冷めて、冷静になってからの中間派有権者の動向を見る必要がある。今出ている世論調査に依拠して先行きを予想すると見誤る可能性がある。12月に入ってからの世論調査、民意の動向を見て判断した方がよいだろう。

投票日が近づく中、どの陣営にとってもスキャンダルは避けたい。逆にスキャンダルをしかける動きは常にある。10月下旬から民進党のスキャンダルが連続して暴露されており、これはさらに続く可能性もある。

野党陣営にとっては、馬氏が動いた一本化工作の「謎」が発火点になる可能性がある。柯文哲氏はなぜ自分に不利な条件でサインしたのか、この「謎」が解明されるのか、あるいは議論が広がるのかどうかもポイントになる。

そして、今回の総統選挙では中国の動きが表面上あまり顕著でない(水面下の動きは見えない)こともあり、台湾では中国との関係が過去の総統選挙よりも大きな争点として浮上していない。今後、中国がどういう動きをするのか、あるいは選挙戦で対中政策論争がどうなるかも非常に気になる。

113日の投票日まで残り1カ月半となった。まだまだ観察を続ける必要がある。

 


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