マニラには、ほぼ9カ月ぶりの再訪である。わずかな時間しか経っていないのに、マニラの街はどんどん変わっていく。車の渋滞はジャカルタと変わらない。昨日などは、わずか10キロほど離れた国家安全保障局や国防省があるマニラ大都市圏の一部であるケソン市まで行くのに、1時間以上かかってしまった。
今年の末にはマニラ最大のカジノがまたオープンするという。ついしばらく前にはマニラ最大のモールとマニラ最大のカジノがオープンしたばかりだというのに。
ビジネス街として有名なマカティ地域では、高級なコンドミニアムと新しいモールが、筆者の泊まっているホテルの目の前で建設中だ。友人のシンガポール人の投資家は、マニラで投資するならマカティ地区しかないと断言していた。道理で頷ける。
今回、筆者が皆さんと改めて共有したいのは、残念ながら、うまい投資話ではない。フィリピンの沖合で進んでいる、もう1つの大きな変化のことだ。南シナ海の複数の環礁で中国が急速に進めている人工島の造成工事のことである。
満潮時には海面下の環礁が次から次へと広大な人工島に
筆者が会ったフィリピン人たちは、誰もがずいぶん浮かない顔をしていた。
ちょうど、中国でAPECが、そしてミャンマーでASEAN関連首脳会議が開催されている真っ只中の訪問であったが、フィリピン人の有識者は誰一人として、中国に対して気を緩めていない。APECでは、アキノ大統領と習近平主席がほんの立ち話程度の会談を行ったものの、同主席が全く笑っていないことは、フィリピンの人々にも明らかだった。
APECが終われば、また南シナ海で中国が何らかの行為に出るであろうと、フィリピン人の誰もが考えている。この背景には、過去1年半程の間に、中国が実力で支配している小さな環礁のいずれもが、今や広大な人工島に生まれ変わりつつあることが挙げられる。
フィリピン政府が把握している簡単な事実を改めて指摘しよう。中国が支配する4つの環礁での動きは(7月半ば時点)は、おおよそ次の通りである(これまでの南シナ海における中国の行動の詳細と分析については、筆者による『次の発火点となるか?中国が手中に収めたい「リードバンク」』を参考にされたい)。
ジョンソン南礁(フィリピン名:マビ二礁)は、7万9464平方メートルに拡大した。土地埋め立ての要員などを収容する62に及ぶコンテナが設置されている。熱帯植物も植林されている。ジェーンズ社の評価(9月19日時点)では、10万平方メートルの広さが確認されている。これは、2014年初頭以来わずか10カ月程の間の埋め立て工事の結果である。
ケナン礁(フィリピン名:チグア礁)も、今や6万8112平方メートルまで埋め立てられた。ここにはすでに72に及ぶコンテナが設置されている。鋪装された道もできている。とりわけこの環礁の埋め立ての様子を見ると、近い将来に滑走路を設置することが容易に想像できる。
クアルテロン礁(フィリピン名:カルデロン礁)はさらに大きく、11万9712平方メートルに拡張されている。ブルドーザーは9台、トラックは14台が稼働している。
ガベン礁(フィリピン名:ブルゴス礁)でも、埋め立てが進行中にある。この5月末以降、3台の浚渫船舶が、この環礁で同時に稼働している。ジェーンズ社の評価(9月30日時点)では11万4000平方メートルの広さが確認されている。
そしてこの9月には、中国海軍トップの呉勝利司令官が、ファイアリークロス礁で行われた演習に自ら視察に訪れた。中国においてはファイアリークロス礁を「永暑礁」と長らく呼んできたが、ここにきてその名前も「永暑島」と正式に命名された。中国では、かように容易に環礁が島になる。
新しくできた4つの人工島を統括するのは、もう1つの人工島である、この「永暑島」なのだろうか。この10月20日には、新華社は、「中国海南省三沙市永暑島」の面積が、9月末時点からさらに拡大され、0.9平方キロメートルとなったことを報じた。中国が南シナ海の南沙諸島で実効支配する島嶼で最大であり、また台湾が実効支配する太平島も抜き、南沙諸島最大の島となっている。現時点では、以上の環礁のいずれもが、さらに大きな人工島になっていると推定される。
台湾での報道によれば、台湾の李翔宙・国家安全局長が、「中国が海を埋め立てて暗礁を島にすることに積極的に乗り出している。現在、7つの暗礁を埋め立てて拡張している」と述べ、その内の5つは習近平国家主席自らが埋め立てを指示したという。中国は、「小さな島を砦とし、大きな島は陣地とする」(小島堡塁化大島陣地化)ことを目標に拡張作業を進めているわけだ。
とりわけ、ファイアリークロス礁とミスチーフ礁でも進められている巨大な人工島化は、南シナ海における2隻の空母建設と同等の意味合いがあると見られている。
南シナ海を自らの海に変えたい中国
もちろん、フィリピン政府は、この4月にジョンソン南礁の中国の動きに対する抗議の口上書を中国政府に対して発出している。6月にもその他の3つの礁での動きについても、中国政府に口上書を連続して発出した。ところが、その度ごとに、マニラの中国大使館は、フィリピン政府の抗議の口上書を受け取ることすら拒否し、これらの「島々」と隣接している海域が中国の主権に属する旨の表明がなされているという。
これらの環礁については、フィリピンやベトナムも主権を主張しており、フィリピンのみならず、ベトナムも中国の埋め立ての動きに神経を尖らせるようになっている。
それでは中国はこの埋め立て工事の後、何をしたいのか。これが最大の問題である。そして、中国のしたいことは、実はその大方がフィリピンを含めアジアの諸国では、もはや周知の事実になっている。
一言で言えば、中国は「南シナ海を“Mare Nostrum” (自らの海)に変えたい」ということに尽きよう。
これまで中国は何度も九断線に属する南シナ海は、すべて中国の主権下にあると言い続けているが、これまで実際にそうであったことは一度もない。だからこそ、中国は実際にそうなるよう実に「真面目」な努力を行っているわけだ。
ミャンマーで開催された今回のASEAN首脳会議でも、ASEAN諸国は、間もなく中国が南シナ海で「ADIZ」(防空識別圏)を宣言する可能性に気づいている。
中国が昨年、東シナ海にADIZを宣言したのが2013年のAPEC直後の11月23日であったことは、フィリピン政府もよく分かっており、今年のAPECも終わった今、何が起きてもおかしくないとマニラでは皆が噂していた。
とりわけ、フィリピンはハーグの国際仲裁裁判所に仲裁請求書をこの3月末に提出しているが、これに対して、中国が反論を提出する期限がこの12月15日に迫ってきているという要素もある。APEC後から12月15日までの間に中国が南シナ海でADIZ宣言をするのではないかと、マニラでは皆が疑心暗鬼になっているわけだ。
今後、ADIZ宣言と並んで、これらの人工島にはきっと滑走路が設置され、対空レーダーなどが導入され、中国海警局や軍の飛行機などもきっと駐機されていくのだろう。そうなると、中国による南シナ海全体の領有権の確立という、いわゆる“Fait
Accompli”(既成事実化)は、すぐ一歩先にある。
実は、こうした中国の動きは、フィリピン人にとっては過去のデジャ・ヴュにしかすぎない。1995年には、モンスーンの季節のためフィリピン海軍がパトロールをしていない間に、ミスチーフ礁が中国によって奪取された。当時、現場海域において中国側と対峙していたフィリピン海軍のベテランの海将は筆者に対し、当時も、現場では何の戦闘もおこらず、緊張も感じないままに、結局、平和裏に中国がミスチーフ礁を奪っていった、と当時の回想を語ってくれた。
フィリピンの「か弱さ」を十分に承知している中国
一方で、筆者が会ったもう1人のフィリピン人の有識者は、「中国は常に“三戦”と言うけれども、すでに世論戦と法律戦では世間的に負け戦をしていることは自明だ。唯一、残っている心理戦で好成績をあげようとでもいうのだろうか」と、多少の自信を垣間見せながら語っていた。
フィリピン政府の高官たちは、もちろん中国がADIZを南シナ海で宣言するのならば、それに対抗する計画はすでに立てていると語っている。すでに実施している法律戦と世論戦に加えて、しかし、どのような秘策がフィリピンにあるのだろうか。そして、それは十分に中国の行動に対して対抗できるものとなるだろうか。
すでに米国や東南アジア諸国をはじめとして、中国が南シナ海で非合法的かつ一方的な行動を行うことに対して、国際社会の厳しい非難の目が向けられている。すでに各国とも外交的には、中国への牽制を行っている。しかし、東シナ海と違ってこの南シナ海では、フィリピンは海軍やコーストガードを繰り出して中国海軍や中国海警局に対抗する力もなければ、そのようなことをして事態をさらにフィリピンにとって悪くさせるような意図もないのである。
さらに悪いことに、フィリピンが頼りとする米国が、フィリピンを守って本当に中国に対して実力を見せつけるかどうかも分からない。
確かに、フィリピンと米国との間での軍事面での協力は、4月28日に米比間で調印された米海軍のフィリピンへの頻繁な寄港を含む“Enhanced
Defense Cooperation Agreement (EDCA)”(強化された防衛協力合意)によって、新たな段階を迎えている。来年には、米国の協力により、沿岸警備のためのレーダーシステムも導入されることになっている。このように米比間の軍事協力が進んでいるにもかかわらず、南シナ海において米国が実際に、中国に対して実力行為を行うかどうかについては、フィリピン人ですら多分に懐疑の目で見ている。
2013年11月23日に、東シナ海で中国がADIZを宣言した直後の26日には、米軍はグアムのアンダーセン基地からB-52戦略爆撃機を出動させたが、同様な行動が南シナ海で行われるとはフィリピン人は必ずしも考えていない。結局、「アメリカはフィリピンよりも中国が好きなのだ」とあっけらかんと筆者に述べた、不思議に陽気なフィリピン人すらいる。
この点で、フィリピンの新進気鋭の安全保障を専門とする学者は、フィリピンの現状は「抑止力の欠如」という典型的な失敗例であると、自嘲気味に語っていた。ここにきて、北京でのAPECにおいて、2011年9月以来3年ぶりにアキノ大統領も習近平国家主席と短い会談を行ったことは、フィリピンの置かれている現実をある意味でよく見据えた行動と言えるのかもしれない。
もっとも、新華社通信によれば、習近平国家主席からアキノ大統領に対して、「フィリピンが中国側に歩み寄り、建設的に問題を解決するよう望んでいる」と述べられたという。フィリピンのこの「か弱さ」は、当然ながら中国は百も承知である。だからこそ、人工島の造成を通じて、領有権の既成事実化を着実に進めているわけだ。
親中派の大統領が誕生する懸念
同時に、最近ではフィリピンと米国との安全保障関係を進めにくくする事件も発生している。
ちょうど1カ月程前に、フィリピンに共同軍事演習のために訪れていた米海兵隊員の男が、フィリピン人のトランスジェンダーの(もともと男性として生まれた)女性を殺害した事件が発生し、これに抗議するためにフィリピンの左派活動家100名ほどが米国大使館の前で抗議のデモを起こしているのだ。
単発の事件とは言え、もともと反中意識よりも、反米意識の強いフィリピンにおいては、こうした事件の発生は、フィリピンのただでさえ不十分な安全保障の取り組みに暗い影を落とさざるを得ない。ようやく米比間の安全保障関係の再強化が約束される中で、出鼻が挫かれる形となっている。
もう1つ、フィリピン人を悩ませているのは、すでに1年半程後に迫っている2016年5月に予定されている大統領選挙の行く末である。すでに、マニラでは現在の副大統領のビナイ氏が有力な候補として取沙汰されている。ビナイ氏はローカルな政治に強い、大衆人気を誇る有力な政治家である。
一方、ビナイ氏が中国との間で太いパイプを持っていることはマニラ市民も周知の事実である。フィリピン経済を支えているのは、中国系のフィリピン人であり、彼らとの強いパイプがあるのもビナイ氏なのである。
一方で、フィリピンが南シナ海で領有権を主張するいくつもの環礁が、中国により人工島に変化する中で、親中のレッテルを貼られたアロヨ前大統領以上に、ひょっとするとさらに親中派の大統領が生まれるならば、どうなるのだろうか。このような懸念がフィリピン人の安全保障のプロフェッショナルたちを悩まし始めているのだ。
日本はフィリピンとの絆をさらに深めるべき
幸いこれまで日本とフィリピンの関係は、安倍首相とアキノ大統領の親密で良好な関係もあって、極めて順調に発展してきている。ただし、私たちはそうした現在の良好な関係に安住してはならない。国の関係も、人の関係と同様、不断の努力が必要だ。
とりわけフィリピンの内外政の双方が徐々に変化しつつある今、私たちはより本腰を入れて、東南アジアで最も近い場所にいる、このアジアの友人との繊細な関係を構築していく必要がある。
経済面では、すでに様々な前向きな動きがある。今週の報道を見ると、2015年2月初頭には日本商工会議所の100社ほどが参加する最大規模のミッションがマニラを訪問する。日比経済連携協定に基づく、看護師・介護福祉士候補者の第7陣の日本語研修も行われつつある。そして、来年2015年には、フィリピンがAPECの議長国となる。
一方、南シナ海においては、法律戦や世論戦を主とする「弱者の戦い」は今後とも続く。フィリピン人が「西フィリピン海」と呼ぶ海域において、フィリピンが今後きっと展開するであろう、新たな対抗策に私たちはどれほど真剣なエールを送ることができるだろうか。これこそが日本にとって問われた課題なのだ。
海洋における航行の自由や航空の自由は、東シナ海ばかりではなく、海上交通の要衝、南シナ海でこそ守られる必要がある。国際的な公共財としての「海」は、特定の国家の所有に適するわけがない。その意味で、フィリピンと日本の絆は、今、2国間関係という次元を超えて、東アジア全体の秩序を維持する上で、なくてはならない絆なのだ。
そして、その絆を守れるか否かは、むしろ、私たちの双肩にずしりと重くかかっていることに、どれほどはっきりと私たちは気づいているのだろうか。
沒有留言:
張貼留言
請網友務必留下一致且可辨識的稱謂
顧及閱讀舒適性,段與段間請空一行