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2014-01-10

中国の「戦略的海洋侵出」-グローバルに広がる「真珠の首飾り」○金田 秀昭(2014.01.01)

中国の「戦略的海洋侵出」-グローバルに広がる「真珠の首飾り」金田 秀昭2013.05http://www.jiji.com/jc/gaiko?p=gaiko0701
北朝鮮の弾道ミサイル発射騒ぎで落ち着かない日々が続いているが、わが国や地域にとっての安全保障上の懸案として最大のものは、北朝鮮ではなく中国(中華人民共和国)であろう。とりわけ日中間には、尖閣諸島、東シナ海の排他的経済水域(EEZ)に係る日中境界線(中間線か大陸棚か)、沖ノ鳥島の国連海洋法条約上の位置付け(島か岩か)など、領土や権益に絡む係争点が現実問題として存在するが、最近、これらの問題に関し、中国が日本に対し強圧的な対応を繰り返すようになった。
尖閣諸島領海内での中国漁船の海保巡視船への意図的衝突、東シナ海や西太平洋で常態化した中国艦隊の示威行動、日本政府の国有化宣言後の海監や漁政など政府公船による尖閣諸島での再三にわたる領海侵犯や不法活動、海監所属機の領空侵犯など、日本にとって看過できない問題が次から次に生起している。
 他方、中国は急速に増強されつつある海、空軍力に加え、長射程の対地・対艦用の弾道・巡航ミサイルや宇宙兵器、サイバー戦能力を駆使して、第1列島防衛線(南西諸島、台湾、フィリピン諸島、ボルネオ〔カリマンタン〕からインドシナ半島へ至る列島線)以東の西太平洋海域で、米海空軍力の接近を阻止し、核心地域での行動を拒否する近接阻止・地域拒否(A2/AD:Anti-Access Area Denial)戦略の構築を目指している。
 こうした中国の覇権的な海洋侵出を中心とした日本周辺での安全保障環境の急速な悪化、特に、最近になって尖閣諸島問題をめぐる中国政府の不法かつ傲慢な態度、海軍艦船や政府公船の傍若無人な振る舞い、さらには民衆の反日暴動などを目の当たりにして、日本の世論がようやく沸き立ってきたのは当然の帰結であろう。しかし、こういう問題のみを微視的に見ているだけでは大局を見失うことになる。
 中国が、インド洋沿岸に「真珠の首飾り(String of Pearls)」と言われる一連の海外活動拠点を構築中であることはよく知られている。仇敵インドを囲い込むような形で、パキスタン(グワダール)、スリランカ(ハンバントゥタ)、バングラディシュ(チッタゴン)には、中国の全面的援助による大港湾が整備され、さらにミャンマーにも幾つかの活動拠点が設定されている。しかし中国はそれにとどまらず、インド洋や自国周辺海域などのユーラシア大陸縁辺部をはるかに越え、西部アフリカ、太平洋島嶼国家、さらには中南米や北極海にまで、触手を伸ばすかのように新たな「真珠」を養殖し、海洋へのグローバルな影響力拡大を企図していることにも注目しなければならない。
中東やアフリカの「真珠の首飾り」
 中国の海洋方面への影響力拡大の野心は、拡大の一途をたどっている。世界がイラク戦争やアフガンでの国際テロとの闘いに忙殺されている間に、中国は、目覚ましい勢いで、中東やアフリカに進出してきた。中国は「真珠の首飾り」を西方に引き伸ばして「不安定の弧」を越え、中東やアフリカにも「真珠の首飾り」を形成しつつあるのである。紅海に臨む東アフリカの懸念国家スーダンに、国連平和維持活動に名を借りてその触手(「真珠」)を伸ばし、現在では同国の豊富な石油資源を紐帯として、緊密な政治、経済、軍事関係を構築しているのが好例である。
 その他の同様の例を挙げれば、中東では、オマーン、イラン、サウジアラビアなどであり、幾つかの 懸念国家を含む。アフリカでは、スーダン、リビア、アンゴラ、アルジェリア、ガボン、ナミビア、タンザニア、ジブチ、リベリア、エチオピア(ソマリアの港湾から高速道路を経由し連接)、モザンビーク、シエラレオネ、コンゴ民主共和国など、内陸国も含めれば二十数カ国に及び、やはり多くの懸念国家を含んでいる。最近はケニアのラム港にアフリカ最大の港湾を建設中であり、ここを拠点としてスーダンやエチオピアと結ぶ国際高速路(LAPSSET)に連接する。これらの全てが立派な大粒の「真珠」とは言えないまでも、将来大粒の「真珠」に成長するよう、「小粒の真珠」が養殖されているのである。
 中国の対中東政策の基本は、言うまでもなく「エネルギー資源確保」に最重点が置かれているが、対アフリカ政策は、「資源の保障」、「新規市場の開拓と投資」、「国威発揚のための外交と開発支援」および「戦略的パートナーシップの発展強化」という多様な四つの視点から「真珠」の養殖が進められていると考えられる。いずれも中国にとって重要であるが、とりわけアフリカ諸国との「戦略的パートナーシップの発展強化」に努めることは、外交面で大きな意義をもたらす。国連の人権委員会で人権問題が取り上げられる場合、弱みを持つ中国にとって、多くの「非人権国家」を抱える「アフリカ票」は強い味方となる。また2008年の北京オリンピック開催も「アフリカ票」の恩恵によるものである。また世界貿易機関(WTO)などの場で、国際経済ルールや多国間貿易協議などで問題が生じた場合、中国はアフリカ諸国の代弁者となると公約している。当然のことながら、台湾問題その他で、国際世論を中国有利に展開していくために「アフリカ票」は貴重である。
米国の「脆弱な下腹部」にも接近
 中国の「小粒の真珠」の養殖は、中東やアフリカにとどまらず、中南米、南太平洋島嶼国家、さらには北極海にも及んでいる。
 中国の対中南米政策は、「資源の保障」、「新規市場の開拓や投資」および「国威発揚のための外交や開発支援」といった部分については、中東やアフリカと同様と考えられるが、最大の特徴は、米国の「脆弱な下腹部への戦略的接近」という意味合いになろう。南米主要国のブラジル、アルゼンチン、ベネズエラ、チリなどに、武器の売却などをてこに、中国の外交攻勢が掛けられてきた。特にブラジルに対しては、サオホアオ・ベラ港の建設をはじめ、、ミサイル、宇宙での協力といった協議が行われてきた。最近では、同国空母「サン・パウロ(仏退役空母フォッシュ)」を提供して、中国の実験空母「遼寧」艦載機の発着艦訓練を含む技術支援に協力している。またウルグアイには、新たに水深の深い港湾を建設中である。一方、エネルギー資源確保のため、ベネズエラ、コロンビア、エクアドル、ペルーとの協議も進めてきた。太平洋と大西洋を結ぶ戦略拠点パナマには、運河両端の港湾施設の長期間利用という形で、中国が拠点を設けている。中国が接近するキューバを含め、米国にとっては、1950~60年代のキューバ危機の再現という悪夢に悩まされるかもしれない
 一方、中国が南太平洋でも「小粒の真珠」を養殖していることはあまり知られていない。
 近年、盛んとなってきた中国海軍による西太平洋での軍事活動を観察すると、小笠原諸島やグアム島を含むマリアナ諸島を結ぶ列島線に接するおおむね東経150度線前後を、中国自身は東方の軍事戦略的辺彊、すなわち「第2列島防衛線」と設定しているものと推定される。
 すなわち、台湾周辺や、南シナ海、東シナ海等で、中国が軍事活動を実施する際、想定される米海軍空母部隊や強襲上陸部隊等のグアム島、ハワイ、米国西海岸方面からの来援を阻止する最前線として、この「第2列島防衛線」の周辺に、鋭意開発中または増勢中の対艦弾道・巡航ミサイル、攻撃型潜水艦等を含む多種多層の阻止線を展開し、中国にとっての絶対防衛圏となる「第1列島防衛線」内への侵入阻止を企図しているものと考えられている。
 その意味から「第2列島防衛線」に近い南太平洋島嶼国家に中国は戦略的に接近している。12の太平洋島嶼国家のうち、中国を承認している国家は6カ国(フィジー、サモア、トンガ、クック諸島、バヌアツ、ミクロネシア連邦)であり、台湾を承認している6カ国(キリバス、ソロモン諸島、ツバル、ナウル、パラオ、マーシャル諸島)と拮抗している。今でも南太平洋では、中台の熾烈な陣取り合戦、「オセロゲーム」が続いているのである。
 中国は1980年代より、これらの海域を拠点として、宇宙開発や長距離弾道ミサイルの開発を手掛けてきた(1979年の1番艦の就役以来、衛星追跡やミサイル実験支援目的の「遠望」級が当該海域で活動している)。またキリバスタラワには、中国初の海外宇宙管理センターが設置された。今日の中国の宇宙での成果は、これら船舶や施設に負うところが大きい。また当然のことながら、これらの船舶や施設は、マーシャル諸島のクエジェリン環礁近辺の実験場で行われる米国の長距離弾道ミサイルや弾道ミサイル迎撃ミサイルなどの実験データの剽窃にも用いられてきた。しかし2003年にキリバスが台湾に寝返ると、この拠点は廃止された。「真珠」の養殖の失敗例である。
 一方、射程8000キロメートルの搭載SLBM(JL2)が実戦力化すれば、「第2列島防衛線」近傍から米国本土も射程圏内に捉えることができるため、中国の戦略原潜が第2撃戦力として実戦哨戒する海域となり得る。地上の楽園、南太平洋は、好むと好まざるとにかかわらず、1940年代の日米のように、太平洋を挟んで米中両大国が衝突すれは、必然的に熾烈な激戦の舞台となる地政上の戦略要衝としての運命を持つのである。
 中国の「小粒の真珠」は北極海にも養殖されつつある。近年の地球温暖化の影響を受けて、夏季においては北極海の万年氷が融氷するという異変が生じ砕氷能力の無い艦船でも航行が可能となった。この結果、北極海に関しては、欧州とアジアを短距離で結ぶ戦略的、商業的な国際海上交通路としての利用や、海洋・海底資源の開発等に展望が開けることとなった。反面、米国、ロシア、カナダといった北極圏諸国が、北極海をめぐる安全保障上の問題に関して敏感になりつつあり、中国なども交え、北極海をめぐって安全保障面でのつばぜり合いを始めている。中国は、北極海周辺諸国で構成される北極評議会の加盟国への接近をあからさまにし始め、2012年には、温家宝首相がスウェーデンおよびアイスランドを、胡錦濤主席がデンマークを訪問している。特に中国はアイスランドに関心を強めており、同国のレイキャビックに大使館を設置するなど、同市港湾を中国が独占的に利用し得る北極海運のハブ港として位置付け、その開発を期しているとして、他の北極圏諸国や関係国からの反発を買っている。中国はこの戦略の一環として、同年夏季の融氷期に、砕氷船雪龍を北極海に周航、レイキャビック港にも寄港させた。中国の「小粒の真珠」は、酷寒の地にも養殖されつつあるのである。
日米豪印は海洋ネットワークを
 習近平政権は「中華民族の偉大な復興」を国家目標に掲げ、「海洋強国」建設を目指して、辺りをはばかることなく、あからさまに、わが国周辺海域や西太平洋方面への侵出を続けていくと広言している。インド洋や自国周辺海域に、既に中国の一連の活動拠点たる「真珠の首飾り」が構成されつつあるのは周知の通りであるが、中国の海洋侵出への関心はそれにとどまらず、中東やアフリカ、さらには中南米、南太平洋地域、北極海など、わが国の命脈とも言える主要なシーレーンを全て扼する形をとって、地球規模で広域に広がっている。そしてこれらの地域には、小粒とはいえ、既に「真珠」の養殖が盛んに始まっているのである。
 これら広域のシーレーンの安全保障を、日本単独はもとより、日米海洋同盟で達成することは不可能であり各地域の信頼できる海洋国家との協調が重要となってくる。とりわけ日米にとって、インド太平洋地域を貫通するシーレーンの安全確保を含む地域安全保障について深い関心と実力を有する豪州やインドとの関係は特に重要である。近年の国際経済、安全保障環境を考えてみれば、豪州やインドは、それぞれ南北および東西方向の「拡大アジア」における海洋安全保障にとって、キープレーヤーの役割を果たすということが言えよう。日米豪印の4カ国は、自由民主主義に基づく「価値」を共有する海洋国家であり、アジアの平和と安定にとって、日米豪「海洋準同盟」日米印「海洋安保協盟(コアリション)」の持つ意義は極めて大きく、あらゆる機会を活用し、あるいは作為して、これらの準同盟や安保協盟を発展させるとともに、地域の価値観を共有する他の諸国家とも連携しつつ、海洋安全保障確保のためのネットワークを広げていくことが重要である。
 政権発足以来、安倍首相は、世界に向けて海洋を紐帯とする経済・安保外交を精力的に展開してきた。首相自らが東南アジア、米国、ロシア、中東などを、また岸田外相もこれを補完する形で、米国、東南アジア、豪州、中南米などを歴訪し、エネルギーや海洋安保での協力を約束した。台湾とは懸案であった尖閣周辺の漁業協定を締結し、NATOとの海洋安保協力でも合意した
 日米が結束して適切に動けば、中国の海洋方面における覇権主義的な政治、軍事的侵出を抑制し、牽制するための手段をこれらネットワークにより構築する機運が、地球規模で生じよう。まずは、南北拡大アジアに向けた日米豪「海洋準同盟」および東西拡大アジアに向けた日米印「海洋安保協盟」の強化、発展を強力に進め、さらに台湾を始め、東南アジア、南アジア、中東、インド洋島嶼、アフリカ、南太平洋島嶼、中南米、NATO、北極圏の諸国に向けて、海洋安全保障ネットワークの拡大に精力的に取り組んでいくべきである。
岡崎研究所 理事 金田秀昭(かねだ・ひであき)防衛大学校卒、海上自衛隊に入隊、海幕防衛課長、統幕第5 幕僚室長(政策担当)、護衛艦隊司令官など歴任。1999年退官(海将)後、ハーバード大学上席特別研究員、慶応義塾大学総合政策学部特別招聘教授など歴任。現在、NPO法人岡崎研究所理事など兼任。


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